
「山形から未来を創る」斎藤マシン工業です!
「斎藤マシン工業で働く人たちってどんな人たちなの?」
そんな質問をいただいてから、はや3週間。。。。。
ようやく社員紹介の記事が出来上がりました。
第1弾は社長へのインタビューです!!

↑斎藤マシン工業社長の中川です。
Interview① なんで斎藤マシンに入ったんですか?
キッカケは結婚ですね。結婚した相手がたまたま斎藤マシン創業者の孫だったから。
当時はお米を売る仕事をしてたんだけど、転職するなら今がチャンスかな~
なんて考えていたタイミングだったので思い切って転職しちゃいました。
Interview② これまでで最も印象に残っている仕事は?
入社2日目に東京の取引先へ重要な製品を受注するための技術研修を受けに行った
ことかな。全くの素人で、みんなが普通に使うような専門用語も全くわからない
状態で、研修先では「ヤバいやつが来たな・・・」なんて思われていたと思うよ(笑)
9か月間の研修はとっても大変だったけど、様々なことを覚えられたので
良かったなと今となっては思うよね。
Interview③ 社長から見た斎藤マシンはどんな会社?
「自由な社風」っていうのが一番だと思う。会社の決めたルールでガンジガラメ
にするのではなくて個人の裁量が最大限生かされる会社じゃないかな。
もちろん守ってもらいたい会社のルールはあるけどね。
一人ひとりの裁量が大きい分責任もついてくるけど、社員みんなのチームワークで
カバーしあってるいい会社だと感じてるよ。
IInterview④ ぶっちゃけ斎藤マシンはつぶれないですか?
つぶれないです!
Interview⑤ それはなぜ?
創業からの70年で培った技術力があること。
しかも、斎藤マシンの技術力は人間がいる限り必要になる「その時代に必要不可欠なモノ」を造れる技術力だから。
今後もこの技術力を社員みんなで高めていければ、会社はつぶれない。
創業当時は戦後間もない時代、人々が生活に必要だった鍋や釜を造ることから事業を
始めて、経済成長期にはタイプライターの部品、家庭用ミシンの部品だったり、
インフラ整備で必要になるロードローラーの部品、車の部品。
最近では、食品工場で使用される機械の部品や、最先端の研究に使用される
電子顕微鏡の部品だったりとその時代時代にあった製品を造り続けているし、
これからもその技術力を伸ばしていくようにしたいね。
それに斎藤マシンは様々な分野の仕事を受けているから、景気の波に大きく影響されないというのも強みだよね。
さすがに、このコロナの影響は全業種に響いてるから大変だけどさ。。。
でも、斎藤マシンは大丈夫。

Interview⑥ 10年後の斎藤マシンをどうしたいですか?
社員一人ひとりが経営者の感覚を持って働くようになってほしい!
今以上に個人の裁量で自由に仕事ができるようにね。
さっきも言ったように、自由にする分責任も伴うけど、
それに見合った給料も払えるようにしたい。極端に言えば自分の給料額を
自分で決めちゃうくらいまでになれれば最高だよね。
そのためには、斎藤マシンの技術力を格段に上げて、世界トップレベルを目指さないと
いけないから道のりは長いけど、そのための取り組みは今から始めてる。
会社一丸で頑張っていきたいね。
目標は今の倍の給料を払えるようになること!!!
(社長・・マジで頑張るんでマジでお願いします(笑))

Interview⑦ ところで社長って、休日なにしてるんですか?
今年はあまりできていないけど、小学校から続けてる野球かな。
今でもあるチームに所属していてポジションはピッチャ―。
来年からは50代のカテゴリになっちゃうけどね・・・
それから、自宅で飼っているペットが最近の癒し。
普段も寝る時も自分についてきてくれてカワイイのよ!

Interview⑧ 最後です!就活生や読者にメッセージください!
「働く」ということは1日の大部分を仕事で使うことになります。
その時間がとても辛くて「会社に行きたくない・・・」「人間関係がつらい・・・」
というような会社では社員の人生を無駄にしてしまうと考えてます。
もちろん仕事で辛い時もありますが人間関係や社風で苦しむよりも、
「難しい仕事」に悩んだり精力を注いでもらいたいので、社員全員が明るく
元気に生き生きと働ける職場づくりを目指していますよとお伝えしたいですね。
会社見学に来ていただければ、その雰囲気を感じてもらえると思うので、
遠慮なくどんどん見学に来てもらいたいです。
おわり
(撮影時だけマスクを外しました。)
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キャリア
アドバイザー
須貝
・山形の会社が探しづらい
・自分のやりたいことが言語化できず不安。
・自分に合っている会社がわからない
そんな時は、私たち『山形就活のプロ』が相談に乗ります。